南座での歌舞伎観劇のはなし

[花道、長い髪が玉三郎さん](拡大します)
話が昨春に遡りますが、避難していて戻って来る直前に、南座で、玉三郎さんと中村獅童さんの歌舞伎を観ました。(都をどりの話は以前書きましたが、さすがにあまりは書きづらかったんです
。)着の身着のままの日々で、お世話になっている旅館に、あまり洋服を買い物袋下げては帰れない心境で、アトリエ先生から頂いたばかりの淡いゴールドの服で、いつもの四条通りを歩いた時の爽快感。背筋が伸びました
。
やはり、衣服住は人の支えです

。

[側面からみた南座]
お二人の震災のトークの日もあったのですが、その日は逃し、二編からなる歌舞伎をまたもや桟敷席の辺りで観ました。
初めての歌舞伎鑑賞でしたが、話が、女形の(玉三郎さん)美しい人が、実は大きなネズミだったとか、大蛇退治(きゃ〜!)とか、そういうおどろおどろしいお伽(?)話でした。
驚いたのは、中村獅童さん。
意外でした。
こんな事を書くとなんですが、プライベートの話のイメージが強かったので…すが、バリバリの歌舞伎化粧に、あのキメのポーズ「見得(みえ)」(歌舞伎特有の…足の踏ん張りとか、口元と目の表情とかを静止してポーズをとるあれです!)が、すごく決まっていました。
やはり、本業に打ち込んでいる姿は、人を凛とさせる
それを強く感じた観劇でした。
トランペットの神様アンドレと、フェリーニの「道」

先月25日に、「トランペットの神様」と呼ばれた、モーリス・アンドレが亡くなられました。
1933年にフランス南西部の炭坑の町アレスで生まれ、炭坑で働きながらアマチュアのトランペット奏者だった父からの手ほどきから始まり、パリ音楽院ではプルミエ・プリを得て卒業。
サックスでいえばマルセル・ミュールと通じる、高音の柔らかさ、音色の流麗な美しさに加えて、ラテン的な天衣無縫さも、天賦のものであったと言われます。あの柔らかさは、全ての楽器に共通する理想すら感じます。
金管に詳しくない私でも、トランペットといえば、空を越えて天まで通りそうな、晴れ渡る様な音のイメージがあります
。
又、「楽器を越えて」音楽を奏でる才とでもいいましょうか…。そういったものが、一流の奏者にはありますね
。
「楽器を奏でていることさえ、忘れる…」、どんな楽器でも、そういう境地に、私は大変憧れます
!
こういう方でさえ「才能は6割、後の4割は努力」と銘を残している位、才能を見極め、努力していく…、という姿勢は、勿論人並み以上のものだったでしょう。
スタッカートの奏法は、「ピアノ」で学んだそうです。
主に、この方の演奏で有名なのは、ハイドンなどの古典派か、もっと前のバロック作品辺りに、真骨頂がみられますが、先日、昔の映画音楽の曲を吹いている映像に出くわしました。
フェデリコ・フェリーニの「道〜La Strada」。大道芸人と、ジェルソミーナの、もの哀しい話ですよね。音楽は「ゴッド・ファーザー」等と同じくニーノ・ロータが作曲しています。
このYouTubeのアンドレの演奏も美しいので、追悼の意を込めて。(「道」の所にリンク貼ってます)
至福の、ピアノ講師忘年会 昼の部
昨日、ネットで、心が繋がっているピアノの先生達と、東京でランチや、ディナーをご一緒しました。
そして、私は、ゲストの凛先生との、貴重な打ち合わせも出来ました。
この会は、大阪の尚美先生が上京なさるのに合わせ、関東の先生達が集まられた所に、急遽、(打ち合わせも兼ねて)私も参加させて頂いた次第です。
なんと話題の「面白い恋人」!
日曜日は、開館時間すぐの「ゴヤ展」に上野に立ち寄ってから、ランチ会場に向かいましたが、この「ゴヤ展」で、偶然同じ絵の脇で、かつての知り合いに会いました。その事を、ランチで告げたら、皆さんから、「私達はほっておいて…良かったのに…、ニヤニヤ」とか大騒ぎとなり、面白かったです。何の事はなかったんですけどね。驚きました。「ゴヤ展」自体は、「着衣のマハ」の前で群がっていたおじさま達が、絵の前に立ちはだかり、想像力豊かに凝視されているかの様で、絵を離れる時の「ニッ」とした表情が印象的でした。確かに、「裸のマハ」(今回、その絵は来ていません)より、掻き立てられますね(笑)

新宿のサザンタワー内の素敵なお店で、大好きなお仲間の先生方達との再会。そして、この日初めての素敵な素敵な歌の先生ともお目にかかりました。


美味しい前菜各種、メインは、牛ヒレも選べたのですが、ディナーの事を考えて、尚美先生と、「ぶりの照り焼き」にしました。金目鯛も美味しそうでした。
過去、現在、そして未来と交錯するかの様な、素敵な体験をした日曜日は、この後まだまだ続きます。
孤独の代償〜グレン・グールドの映画より
映画「グレン・グールド天才ピアニストの愛と孤独」を観ました
。
先駆けて、青柳いづみこさんの「グレン・グールドー未来のピアニスト」を読んだのですが、そこにこんな事が書かれていました。「ピアニストにも様々なカテゴリーがある。国際的なキャリアを積む人、限定された地域で活躍する人、教育で生活費を稼ぎながら自主的な活動を行う人、しかし、いかなる国籍のいかなる年代のいかなるレヴェルのアーティストも、ステージ直前に過酷なプレッシャーに襲われるという点ではまったく平等なのだ。」。「すべてのことが不安になり、最悪の状態を予測し、リハーサルで不出来だったところが気になり、リハーサルで完璧に弾けたら弾けたで、かえって本番で間違えるのではないかという恐怖に襲われる。」
。

数多くのグールド論が出版されている中、彼がコンサートをドロップアウトした理由を、同業者としての立場から理解されたからこそ、青柳氏は、研究の範疇外であったグールド論を執筆なさった様です
。
ドキュメンタリーの映画の方では、伝説化されたグールドではなく、意外にも女性関係にも言及され、インタビューを通して、プライベートにも焦点があてられました。グールドと愛情関係にあった画家の女性とその子供さんのコメントが
、この映画の見所の一つでしょう。家庭的な暖かさを味わったその時期の、安定していた演奏も、聴いてみたいです。
コンサート活動を辞めてしまってからは、ラジオや、レコード制作に力を注ぐこととなりますが、1955年からのレコード業界の急成長が、更に、その事情に勢いを注ぐ要因となった様ですね。まさに先見の明があった様です。マフラーに手袋をした演奏姿などは、レコード会社の戦略としても多分にあった様です。
デビュー版「バッハ:ゴルトベルグ変奏曲」を始めとし、数々の名盤を生み出した背景には、彼の独特な個性から来る生活様式があった訳ですが、孤独の代償として、後世に残した功績は計り知れないでしょう
。
ステージ活動を辞める一因ともなった、バーンスタインとのブラームスの共演での酷評や(素敵な演奏なのに…)、「競争を好まないけれどオリジナリティによっての一番を好む」一種矛盾した特徴など(一人っ子らしい…)、この映画と、青柳氏の本を併せて、グールドを知る機会となりました。
曲によって、大変遅く弾く解釈の時もあるグールドですが(遠縁に当たるグリーグのソナタなど、あまりにも遅い…)、演奏技術は卓越し、どんな曲でも、あまり練習なしで難なく弾けるピアニストであったといいます。
映画の中で、一番心に残った言葉は、たしかこんな言葉でした。
「芸術家もまた、普通の人間なのだ」

映画の最初とラストで、航空から映し出された、美しいカナダの紅葉
。。
昨年のメープル街道の旅では、オンタリオ州へは行きませんでしたが、いつかもし行く事があったら、トロントに行ってみたくもなりました。

モーツアルトのアリア

大学生の生徒さんが、モーツアルトの声楽曲の伴奏をレッスンに持って来たので、つい熱唱してしまいました
。
やはり、ソロのメロディーを実際に歌ってみた方が
、曲を知り尽くす為にも、一緒に呼吸する為にも
、良いですね。
モーツアルトのオペラは、レチタティーヴォ(しゃべる部分)と、アリアが組み合わさっているのが常です。
レッスンの曲は、オペラ「フィガロの結婚」の伯爵夫人のアリアでした。モーツアルトは、才能の方向性が、オペラに大変向いていた作曲家といえます。
レチタティーヴォの部分で、「ああだこうだ
」と、疑念を持ったり、不安になったり、心のざわつきを表現したりして、アリアで、美しい時を回想して
、その後、速いテンポで、ハイになって曲を閉じるという定型の(?)ものでした。このアリアは、情感を、言葉で表すよりもっと絶妙に、シンプルな得も言われぬ美しさで表現しています
。
Youtube「Dove Sono(楽しい日々はどこへ)」「レチタティーヴォ「スザンナは来ない」からアリアへ」
私は、オペラ団体の伴奏に関わっていた時期があります。
音楽の中の、演劇の要素を掴むには、台詞と音楽の関連を読み取らなければなりません
。
例えば、2度間の音程の揺れで心の迷いを、音程の離れた2音間の行きつ戻りつで動揺を表したりする、レチタティーヴォの部分は、歌詞も良く理解し、その場面に応じて心理描写や背景になる様に考えれば
、弾く時に掴みやすいでしょう。
ピアノが、人前で弾けない時
先の記事の続編です。
「歌を歌えない」のと同じ状況に、私も休暇中、滞在先でピアノをお借りした時に、最初の内なってしまったのです
。
(途中から、滞在先でピアノをお借り出来て、おかげ様で、スタジオを借りなくとも、沢山練習させて頂きました
。)
教室のレッスン期間は、思う様には練習時間が取れないですから、この貴重な夏の集中練習は、大変得難い機会でした
。
ショパンのバルカローレ(舟歌)を弾いている私は、まだ練習途上にあるものを、人前で繰り広げて良いものか…と
、最初は躊躇しました。
リクエストして頂いた曲ならともかく…です。(何度も舞台に乗せたり、仕事で人前で弾いたりする曲=「レパートリー」になっているならともかく♪)
生のピアノの音にいつも接している訳ではない方々に、練習中(完成前)の曲が、片手練習になったり、分解した練習になったりするのをお聴かせするのは、ためらいがありました
。
でも、そんな中、最初は聴いていないふりをなさりながら、次第に感想を述べて下さったり、キリの良い所で果物を持って来て下さったり、「聴いてない様に、聴いて下さっている」ことが、まるで子供の頃の練習の様で、とても心地良かったのです
。
音は、空間を支配…とまではいかなくても、良くも悪くも占領してしまうものです。和ませるのも優しい空間にするも
、けたたましい騒音にしてしまうのも
、弾き手にかかっています。音楽はやはりコミュニケーションでもありますね
。
斯くして…「ピアノ講師なのに、何故片手練習をするのかな…なんて思われる
」のは、杞憂に終わり
、結果的には、かなり仕上がったので、次第にちゃんとしたものをお聴かせ出来る様になりました。
それにしても、3時間続けて練習しているのにもかかわらず、(1時間でやっと調子が出てくるので)近くで、別のことをされて、煩がられないというのは、有難いものです!
安心した状態の中でこそ、ピアノを通して、内面を想うように表現出来る…、それは先程の「歌」の記事に繋がるものがあります。
ワンちゃんも
、ペダルの足下に来て寛いでいました♪
恥ずかしがっていた
、はずかしい話でしたが、心から感謝しています
。
バロックダンス講習会で古の優雅な舞を鑑賞・体験

28日(日)に、国立音大直営のAIスタジオで、横浜の森華燿子先生(pf)が、兵庫からバロックダンスの安田加奈先生(大阪音大声楽科のご出身で、NHKBS番組にも出演のご経歴をお持ちです)をお招きして、開催の運びとなった「バロックダンスのしらべ」に行って来ました。
クリック拡大します。
普段レッスンで、バロック音楽の際、「メヌエット」とか「ガヴォット」とか出て来ますよね。
そんな時、「この形式は、バッハの時代の頃、主にフランスで宮廷の踊りだったの」なんて話していても、生徒さん達には、何の事だかサッパリ…
という思いをされたご経験、ピアノの先生ならきっとありそうですね
^^
そもそも「優雅」という言葉も、説明が難しいなと感じています。本来の意味とは違った意味で使われる事が多いですから…。
バロックの舞踏の種類をDVDで観ても、本で足形を見てもさっぱり解らなかったし、そんな時は、百聞は一見に如かず
!講習会で安田先生の優雅な舞いを観る事が出来て、今後の指導に役立ちそうです
。

このお写真は「ミュゼット」、楽しく明るい表情で軽快に踊られていますね。ミュゼットは楽器の名前との事!同様に明るいものですと、「マーチ」「ガヴォット」を踊られました。「ガヴォット」はアウフタクトが難しいです。一枚目のカスタネットの踊りはスペイン起源の「フォリア」で、同じ起源の悲しげな「サラバンド」、憎しみや悲しみの感情が込められたリュリの「パッサカーユ」も、情感がこもった演技で素敵でした。

宮廷の踊りなので、王座を
上座として
、当時、位の高い順に踊りを披露し、楽団は一番しもてでした。
この日もそれに倣ってのセッティング。
踊りの種類にも格があって、「クーラント」「メヌエット」の順で位の高い踊りだそうです。ちなみに、ドイツの「アルマンド」は、男女が手をつないで歩くため、格が低い踊りだとか(笑)

当時、「メヌエット」は大変な人気だったそうで
、メヌエットの可愛いステップをこの様にして体験しました。6拍目と2拍目で、片足を足首の後ろにつけチョンと曲げる可憐な動作です。

先生の靴に注目を!大きなミニーちゃんの様なリボンがついています
♪
又、当時、レースは非常に価値が高く、宝石を凌ぐ高級品だったとか…レースが美しく映える様に、腕の動きも工夫されています。

ヨーロッパは、シンメトリー(左右対称)が美しいとされていますが、バロックダンスでも、男性がリードするのでは無く、男女同格で、Z型で踊るそうです。

舞踏譜を見ても、難解すぎて…。これは「パスピエ」。

こちらは、ピアノの森先生を悩ませた、昔の装飾音
の解説楽譜(?!)
。今より更に種類が多かった装飾音譜…本当にやっかいそうです^^この時代は、音楽が舞踏より先んじていたそうで、チャイコフスキー頃になると、逆転するとの事。

東京では、夏休み最後の日曜、子供さん達は、初めて目にする、いにしえの優雅な踊りをくいいる様に見つめ、休憩時間はステップの練習をしていました。良い経験となりましたことでしょう!

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「フェルメールからのラブレター展」

京都市美術館で10/16まで開催されている「フェルメールからのラブレター展
」に、京都市のS先生と行って参りました。(ちなみに、東京ではBunkamuraで12/23〜開催されるみたいです。)
バッハの生誕より10年前に世を去ったオランダの画家フェルメールの作品は、3点のみの貴重な展示。そこに行き着くまでに、積み重ねられた系譜を観るかのごとく様々な作家の絵が展示してありました。
しっとりとした撫子の花の様なS先生とは初対面だったのですが
、フェルメールの作品の部屋に辿り着くまでに、殆どコミュニケーションを深めてしまいました
。
そう、この展覧会に集められた17世紀オランダ絵画のキーワードは「コミュニケーション」なのです
。
人々のやりとり、しぐさ、視線
、表情
、家族の絆、職業上のコミュニケーション、そして、手紙を通したコミュニケーションです。フェルメール以外の作家達も、それはオランダ絵画らしく精緻に描かれていましたが
、フェルメールを観てしまうと、比較にならない程、桁外れに才能が全く違うことに驚嘆しました
。余談ですが、フェルメール自身の署名の筆跡も飾られてあったのですが、素晴らしく芸術的な筆致でした。
この記事冒頭↑の黄色いコートの女性(クリック拡大)は、「手紙を書く女」。大事な手紙を書いている所をこちらに見られちゃった
…
という様な恥じらいが見てとれますね。実際に観ると、ほんとに精緻で色使いといい光の当たり方といい、神々しくて圧倒されました。表情の柔和さが、こんなにも絵画で表されるものかと
、しばらく我を忘れました。

「手紙を読む青衣の女」この幸せそうな妊婦さん(!?)は、手紙を大切そうに握りしめています。この青い顔料(ウルトラマリンブルー)も展示してあったのですが、大変鮮やかなブルーでした。この頃、手紙が届くのは、ヨーロッパ内では数ヶ月
、アジアで2年だったそうで
、待ちに待った手紙であったことでしょう。

「手紙を書く女と召使い」は、必死に手紙を書く女主人を、かなり(辟易して)忍耐強く待つ召使いの様子が、目につきますね
。
美術部に所属していらしたS先生とご一緒出来たので、側で、色々な深い解釈をお聴きすることが出来
、展覧会をより味わい深く楽しむことができたことに感謝致しております。
その後は、出町柳の素晴らしい料亭に連れて行って下さり、京の雅な和のお食事を、おずおずと堪能させて頂きました!






舌がとろけそうに美味しい味の芸術、画像は一部なんです!
レッスンのお時間前に、この様な素晴らしい時間をご一緒に過ごさせて頂きまして、S先生に、深謝申し上げます!
練習は楽しんで♪
でも、ピアノの普段の練習は
、集中するまでが大変なことも多いですよね。
お家での練習も、ひと度イスに座ってしまえば
、なんとかなりますが、向かうまでが億劫…って、ピアノを弾いている方なら、誰しも経験する事です!お勉強もそうかもしれませんが
。
この絵は、マチスの「ピアノのレッスン」という絵です。グレーのバックの色と、練習しているボクの無表情ぶりから、いやいや練習している様にも見えます
。形だけ、そこに座って練習のポーズを取っている様にも。
後ろでは、お母さんらしき方(或いは先生?)が練習を見守っていますね
。
この絵を見ると、つい、ドビュッシーの「子供の領分」の第一曲「グラドゥス・アド・パルナッスム博士」を連想してしまいます
。同名のエチュードを無味乾燥な気分で練習している様子を皮肉って作曲されたものです。
もしかしたら、この絵の男の子は、真剣に練習していて、無表情になっているだけかもしれないですが(弁護?!)、その逆に、あくびも出ない程、心が動かない練習をしている様にも見えます
♪譜面台の横の、呼び鈴も気になります(笑)。
カーテンの緑や、ピアノの蓋のピンクとのコントラストが粋な絵ですが、私自身も練習に乗らない時は、ついこの絵を思い出し、心で苦笑してしまったりします。
ひと度、演奏を始めたら、あとは常に「喜びを持って演奏
」したいものですね
!
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