秘すれば花のフォーレとドビュッシー♬

[本文とは関係ないエリゼー宮
]
大人の生徒さんと、「作曲家で、『人として』の好みは?」という話になりました
。
その方は、ドビュッシーがお好きだった筈なのに、「彼は人間の××ですね
!」と笑って仰いましたので、私は、よく仰る意味が分ったので、「そうですね〜、ある意味!!」と笑いました。
彼の女性関係の癖について話しているので、勿論良い意味では無く…ですが
。
まあ、○半身とは別人格の天才って事ですね。
更に、始末が悪いのは、ドビュッシーの上昇志向
。
貴族の女性と結婚する為に、マヌカンの婚約者を捨て、友人からは大非難
されたといいます。
先日、ドビュッシー自身が書いた評論集をパラパラ見てみた所
、彼は、やはり大変に見識が高く、ものの見方が面白く
、あの作品そのものでした。しかし、ちょっと文章(行間)に品の無さを感じたのは、出自によるものでしょうか…。
さて、そこでフォーレを引き合いに出した私
。
フォーレは、女性に大変モテた人物で、さらに、サロン風の、女性の心を掴む曲も多かったですが
、パリ音楽院の学長でしたから、「公」の顔を大事にしました。
パリのティュルリーの門のどん詰まりになっている、パレ・ロワイヤルの辺りにある、ジャンヌ・ダルクの騎馬像を作った彫刻家の娘さんと結婚していましたが、沢山の女性がいました。
その話の辺りから、大人の生徒さん
「あらら…
」と。
一度私は、フォーレって、そんなにモテるかしらん?と、家族に、写真を見せてみました
。
「この人、どう思う?」
「素敵
!格好いいんじゃない。凛々しくて。モテるのわかるなあ
」と、言われましたが果たしてそうかな…。
たしかに、おじいちゃんに似てる気もする(爆)
昔風・戦時中っぽいイケメンってことで・・・(*^^*)
女性問題に限らず、フォーレには、慎ましやかな特質があり、「本心」は「音楽の中でしか見せなかった」、とも言われています。
「公」の重責が大きいと、そういうものなのかもしれないと、フォーレの内なる秘められた内心を慮りました。
「秘すれば花
」という言葉は、世阿弥の言葉としては本来違う意味ですが、容易な使い方をさせて頂けば、フォーレの秘め事は「本心」、ドビュッシーは、なんだろう…「オカルティシズム」(青柳いづみこさん流に言えば)でしょうか!?売れて来てからは、ポーの作品を、曲に込めたりしていますしね。
私の好きなこの2人の作曲家については、この過去記事 「フォーレとドビュッシー〜艶やかな噂と意外な話〜」もどうぞお読み下さい!



