博多の夜
1月下旬に遡りますが、福岡・大分旅行の博多編を書いていなかったのでupします。
グランド・ハイアットからみた中州の風景。

前に、佐藤浩市さんが出演した
2夜もののドラマで
、戦後に中州に店を出して成功した経営者の話があって
、歓楽街の「中州」に行ってみたい憧れがありました
。
夕方から繰り出しましたら、色んなお店があって![]()
そのネーミングとかにギョロギョロしながら通りすがり
、鉄鍋餃子のお店へと
。
美味しかった〜
!一口の大きさで、文字通り鉄のお鍋に入っているので、熱々で舌はやけどしそうだけど、フ〜フ〜言ってすぐ食べちゃいました!
はしごの予定だったので(笑)、お次は、「鶏の水炊き」
!

湯のみに入った薬味の入った澄んだスープも滋味豊かな味で
、ミンチの淡い色も綺麗でした。
さすがに屋台ラーメンまでは入らなくなってしまいました(残念
!)
こちらはホテルからみたウォーターショー。

キャナルシティー博多は、何と言うか、ガラガラした(派手な…の意)趣きのエリアでした
。
南国をイメージして九州入りした予想は甘く、まだまだ寒い1月のこと…、日本海側ですし、風が冷たかったですが、別の土地に行くのは新鮮な驚きがありますね。
中国では旧正月のお休みだった様で、外国人の観光客が沢山いました!
南座での歌舞伎観劇のはなし

[花道、長い髪が玉三郎さん](拡大します)
話が昨春に遡りますが、避難していて戻って来る直前に、南座で、玉三郎さんと中村獅童さんの歌舞伎を観ました。(都をどりの話は以前書きましたが、さすがにあまりは書きづらかったんです
。)着の身着のままの日々で、お世話になっている旅館に、あまり洋服を買い物袋下げては帰れない心境で、アトリエ先生から頂いたばかりの淡いゴールドの服で、いつもの四条通りを歩いた時の爽快感。背筋が伸びました
。
やはり、衣服住は人の支えです

。

[側面からみた南座]
お二人の震災のトークの日もあったのですが、その日は逃し、二編からなる歌舞伎をまたもや桟敷席の辺りで観ました。
初めての歌舞伎鑑賞でしたが、話が、女形の(玉三郎さん)美しい人が、実は大きなネズミだったとか、大蛇退治(きゃ〜!)とか、そういうおどろおどろしいお伽(?)話でした。
驚いたのは、中村獅童さん。
意外でした。
こんな事を書くとなんですが、プライベートの話のイメージが強かったので…すが、バリバリの歌舞伎化粧に、あのキメのポーズ「見得(みえ)」(歌舞伎特有の…足の踏ん張りとか、口元と目の表情とかを静止してポーズをとるあれです!)が、すごく決まっていました。
やはり、本業に打ち込んでいる姿は、人を凛とさせる
それを強く感じた観劇でした。
山道のカーブの運転の速度と、BGMがぴったりマッチした瞬間
ふとした心地良い瞬間が、アルバムの一葉の様に、鮮明に印象に刻まれるという事があります。
或る日
、吊り橋を渡った後で車に乗り込み
、山道をカーブしながら降りていく途中
、流れていたのは、アルベニスの「スペイン組曲」でした。(ギター編曲版もあり、「グラナダ」が有名ですね!)
8曲目の「キューバ」を選曲していましたが、後ろ髪を引かれる様な、南国風の優雅な6/8拍子の、ややブレーキ掛かった足取りの前奏が繰り返され、気楽なメロディーは屈託がない程、明るく輝かしい民謡調の曲です
。
山道のカーブで、徐行していたからその曲とのスピードが偶然合ったのかはわかりませんが、そのカーブの瞬間の、穏やかな運転の歩調というか波長が、あまりにもぴったりで、私は驚きつつも、幸せな瞬間に包まれました
。
楽しかった休日の翌日、午後に控えた仕事に戻るその時の心境に、名残りのある甘美なその曲は、マッチしていました。
坂道を上る時に、歩幅を小さくゆっくり歩くと疲れない
と教わった後だったという「“時”の感覚」へのシンクロニシティもあり、時計では計れないカイロスを感じました
。
カラオケ
由布院でカラオケをする機会がありました
。
これは、私に取って、一体何年ぶりのカラオケなのか、見当もつきません
。
社交ダンスを習っていた昔
、その仲間と行ったのが最後か、親戚の叔父さん達とのお付き合いが最後だったか
。
前もって、カラオケすることが決まっていた為、その日は、早朝にぱっちり目が覚めたのを良い事に
、ユーチューブで猛練習しました
。
レッスン中歌うのも、副科声楽も、合唱も大好きなのに、カラオケは不慣れ故に苦手なんです
。
緊張して声が震えない様に実践した事は、アルコール含みにならないこと
。
お酒を飲んでしまうと、ピアノもそうですが、上手く弾けません。
歌詞と音程が頭に入らないと、うろ覚えでは人前で歌えないタチなので、練習の甲斐あって(笑)、最初は緊張しましたが、割と気持よく歌えました
。
それから、カラオケの上手な方に教えて頂いたのは、「立って歌うこと
」。
これは、リズムも取りやすいし、感情も乗せやすいし、安定感がありますね!
立っていると、バランスを取りやすいから、上半身も楽になりますし、ピアノと共通するな…と思いました。
上手な方と一緒だと、学ぶ所が大きいですね。
私の場合、曲の選択は、音域と多少の好みで選ぶ所が大きいですが、様々な年代の方とご一緒すると、色んな歌の良さや、その曲を好まれるバックグラウンドと個性や、思い入れが垣間みれて、新鮮な時間でした
。
その中で、普段は滅多にお歌いにならない…という方が歌われた時は、私は本当に嬉しかったです。
又、私にとっては、或る曲が
、とても大切な思い出となりました。

由布岳を臨む〜 大分へ向かう道中の空は高くて青く、広大で、とても綺麗でした。翌朝は雪が積もり、戻りは、吹雪もみられる波瀾万丈の空模様…。
雨の門司港でのランチ会
随分長くブログを休んでしまいました。
ご父兄の方々や、友達から、ご心配の声を頂き申し訳ないので、10日位前の事ですが、福岡に行った際、一日目の午後お会いした、ピアノの先生達とのオフ会をupします
。

九州と本州の間の関門海峡を見渡す門司港が
、オフ会の場所に設定されたのは、宗像の後藤ミカ先生、別府の愛野由美子先生、下関の神野由香先生が集まって下さったためです。

海峡レストランで、フグのお刺身などかごに入った素敵なお弁当を、先生方から御馳走になっちゃいました!
九州のコンクールのお話や、あがらない方法を生徒さんに教えるお話、創作活動や演奏活動のお話など、貴重なお話しを沢山伺えて、とても有意義な時間でした
。
私は、お腹がすいて、妙に食い気に走り、パクパクと、ありえないスピードで、豪華お弁当を平らげていたけれど・・・
。

これは、由香先生が撮って下さった、「バナナマン」とのショット
!
レトロな風情が素敵な門司港は、日本でのバナナ発祥の地で
、焼きカレーなどのB級グルメもそそられました^^
下関と門司港は、車で20分の距離らしく、由香先生が一番、門司港観光にお詳しかったんです♪
壇ノ浦の戦いの場所だったと教えて下さいました
。
その後、電車で1時間半かけて来て下さった愛野先生(本番2日前なのに有難うございました)と、途中までご一緒しながら
、ミカ先生のご自宅へ!

レモングラスの美味しいお茶とタルトを頂きながら
、ミカ先生の新作を、連弾でご一緒させて頂く、貴重な機会に恵まれました
。素敵な曲の数々
にドキドキしながら、録画したり
♪
皆様、とても楽しい午後を有難うございました!

一年で一番色鮮やかな季節
春ももちろん素晴らしいと思う
…、夏もとても気持ちが躍る。
しかし、一年でこれ程、色鮮やかな季節は他にないのでは、と自然の景色に心を奪われる事が、この秋多いです
。

行く先々で、美しく染まった葉を見るにつけて、とても豊かな気持ちに包まれます
。
同じ風景でも、時間(光の当りかた)によって、新しい感動が生まれますよね
。
四季折々を味わい尽くせる喜びは、恩寵に満ちていて、無事にこうしていられる有難みを深く感じます
。

キューリー夫人の大学
先日、ショパンの本をめくっていたら、或る頁に、キューリー夫人の写真が現れました
。
物理学と放射線の学者であるキューリー夫人(2度もノーベル賞を受けた)は、ワルシャワ出身だったのですね!
ショパンが没して、約20年後に生誕しています。
パリ第6大学(夫妻が学び、教鞭を取った)は、彼女と、夫のピエールの名にちなんで、ピエール・マリ・キュリー大学と名付けられています。
当時は、この様な感じだったのかもしれませんが、


今では、近代的な凄い建物が、アラブ世界研究所の裏にあります。
私が訪れたときは、随分と賢そうな学生さんに
、冷徹なまでの知に溢れた表情を見て取り、頷けるものがありました。
ピエール・キュリーは、ラジウムの発見と共に、放射線の研究も行っており、荷馬車に跳ねられて
なくなった時は、相当な被曝をしていたらしいです。
福島県では、ようやく問診票が届き(3/11〜7/11の行動)、3月から一ヶ月居なかった私は、優良かしらん…と、些か面倒な気持ちで、書き込みを伸ばし伸ばししています
。

遡って…、五山の送り火
8月16日に遡ります。
大文字焼きは、京都の地元の方々に言わせると「五山の送り火」と言うそうで、その日の夜、屋上で観るのを楽しみにしていたので、それに合わせて20:00にぎりぎり間に合う様、滞在先に戻りました。
京都の夏は、風の抜ける所がなく、本当に暑くて、朝は蝉の大合唱で目覚める…という毎日でしたが、やはりお盆が過ぎると、少し涼やかな気配もみられました。
まだ、「五山の送り火」の日は暑かったので、「オール・フリー
」を携えて上に上がると、20:00に点火された大文字から、徐々に時間をずらして、東から北〜西へと別のお山に点火されていくのですが、「舟」が模様で見えたり
、「鳥居」はどうでしたでしょうか…、今年は薪の問題がありましたよね。点火されたものは、全て観れました
。
よくある、この姿しか知らなかったので、他の模様には、本当に感動の嵐で、興奮しすぎて、何度も、滞在先の方に「敦子さん、落ちないで下さいね〜!!(笑)」と注意された程(爆)
近くのお家の方々も、皆さんベランダや屋上で、ご先祖様をお送りするのを見届けられながら、風情ある、夏の終わりのひとつの区切りを味わっておられました。

いつもとおった朱塗りの八坂神社は、艶かしい風情で、祇園の街に荘厳な艶を与えていました。
まだ終わってなかった京都お土産話…^^:
夏の京都のこぼれ話が、季節の変化と共に、自然に終わっていたかの様にみえました(笑)
3つ位残っている書きたいこと…の筆頭は、「五山の送り火(大文字焼き)」の話です。
先ずは、浴衣を来た夜、焼き鳥で腹ごしらえして向かった、先斗町でのジャズ・ライヴのお話しを!


私の浴衣は本来、藤色の絞りで黄色やピンクの模様のものなんですが、滅多に着ないので仕舞い込んでいて、貸し浴衣屋さんで、(帯と小物は借り)新品を買い上げてしまったんです。白地が着たかったんですが、やはり膨張しました
。
鴨川の川床の裏手の先斗町の路地で、たまたま見つけたBarの中でのジャズ・ライヴ。日本人の男性3人で、ピアノ・ベース(コントラバス)・ドラムのトリオでした。割と年配(ベテラン)の方達でした。曲目はよくわからないのですが、曲の紹介の時に、「バラードの」とか「ブルースの」とか仰るので、雰囲気は良く掴めました
。
お店は狭いので、スタインウェイのアップライトが入っており
、窓の外からは、鴨川の夜のきらめきがゆらゆらと
。
ピアノの方は若かったのですが上手くて、私の生徒さんにとっても似ていて
、「○○くんも、こんな風に、音楽をいつまでも楽しめる大人になってほしいな〜
」と思いながら、真近で聴いていました。譜面とか見ないんですね〜!
ドラムも、ブラシを使った時なんて、ゾクゾクっとする程すてきでした〜♪ドラムの凄いのは、「東京JAZZ」とかで聴いた事がありますが、火が噴く様になるんですね(表現出来ない…^^:)
聴いていて…クラシックは、まあどちらかというと微動だにせず聴くものだけど、ジャズなら、感興のままに身体を動かせるのがいいですね
。
浴衣を着ていてもお構いなしに、自然にスウィングに合わせてしまう。次第に高まるグルーヴ感
!気持ちが高揚します。
小説の影響で凝っていたギムレットばかり立て続けに3杯
(生徒さんに聞いたモヒートにも凝ってたけど♪)、スコッチをストレートで飲みながら、2ステージ位聴いたその夜は、翌々日に京都を後にした私の、心に残る夜の一つでした。
何故、これを書くかと言うと・・・
直接の関連はないのですが…うふ
♪







