浜松の楽器博物館 (1)

浜松の楽器博物館で、観たかったのは、こちら!
ジャワ島やバリ島の、ガムラン楽器です
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ガムランとは、青銅で出来た打楽器を中心に、太鼓や弦楽器、管楽器を合わせた演奏形態です。「たたく」を意味します。

ドビュッシーの「版画」の第1曲「パゴダ(塔)」に取り組んだ際、ガムラン音楽に興味が湧いて、CDを聴いたりしてみたものの、バリ島にも行ったことがなく生で聴く機会がなかったので、どうしても、ガムランに接したかったのです

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浜松の楽器博物館は、よく生徒さん達を1年に一度連れかれているピアノの先生方もいらっしゃいますが、本当に、ワクワクする場所でした!!

アジア、オセアニア、アフリカ、アメリカ、ヨーロッパ、鍵盤楽器など、4つの展示室に分れ、それぞれの地域や時代、信仰などと密接に結びついている楽器と音楽から、人々の生活が息づいているかのようでした

音は出せませんが、イヤホンで、全ての音を聴くことが出来ました

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♪浜名湖とうなぎ

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杉山真衣子さんのピアノリサイタル

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1月30日に、ルーテル市ヶ谷にて、杉山真衣子さんのリサイタルに行って来ました。
文京区白山で、B.P.Music Studio 杉山真衣子レッスン教室を主宰されていらっしゃいます。
バッハ:トッカータGdur、シューマン:交響的練習曲、ドビュッシー:前奏曲第2集での素晴らしいリサイタルでした

作曲家別の弾き分けが見事で、バッハからシューマンに変わった時など、ハッとさせられるロマン派の感情の昂りと、伸びやかなメロディーの歌わせ方、シューマンの濃厚な官能的とも言えるハーモニーの響きにゾクゾクしました好きな演奏
終始、気持ちの良い美しい音で、スケールの大きな演奏を豊かに紡がれた真衣子先生。

何を弾かれてもブレのない、格の高い演奏でした。

厚みのある、線の太い響きは、まるでルービンシュタインのような明るい音色で、ウナ・コルダの、ベールのかかったような柔らかな音や、トリルなど装飾的なパッセージのリズムのキレの良さも光っていました
低音部の生き生きとした動きも見事でした。

媚びずに、真摯に音楽と対話しながらピアノに向かわれていて、楽しんでいるご様子がこちらも楽しくなってしまう、素敵な演奏会でした。
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前半と後半で、ピアノをスタインウェイからベーゼンに替えられたように、ドレスも替えられたのですが、お母様の着物をリメイクされたというドレスは、曲に大変合っていて、後半のドレスは、ドビュッシーがその場に居合わせたなら、さぞ喜んだだろうという様な、クリーム地にオレンジのモミジ、マーメードシルエットの切り返しで柄の変わる美しい演出でした。

テクニックも見事で、音楽に温かく熱いものが伝わって来て、共感を寄せながら聴き入っていました
こういう演奏の出来る先生の元で学ばれる生徒さん達は、さぞかし得るものが大きいであろうと思います。

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ツィメルマンのリサイタル

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昨夜は、サントリーホールに、クリスチャン・ツィメルマンを聴きに行って来ました。

シューベルトが亡くなる3ケ月前に作曲した、3つの偉大なソナタの内、2曲。
イ長調のD959と変ロ長調D960でした。

2曲とも超越的ながら、対照的とも言えるこの作品。

イ長調は、最後の生命の力を振り絞り、勇気を持って死に立ち向かうかのような力強さがあります。
2楽章では、一転、孤独なさすらい人の嘆きと叫びがあります。

変ロ長調のソナタは、深い情緒をたたえ、心を奪われる旋律の美しさは、一度耳にしたら忘れられぬ、最高傑作です。

この1楽章は、シューベルトが日記に残した、「愛を歌うと苦しみになり、苦しみを歌うと愛に変わる」ということば、そのもののように思います。

どちらも「天国的に長い」です。

ある評論家の説ですが、シューベルトの器楽曲がどこまでも長いのは、シューベルトにとっては、歌が・音楽が「終わらないこと」が大事なのであり、短命の運命に抗って、いつまでも続くことを願っていると読んだことがあります。

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ツィメルマンの、変ロ長調ソナタの演奏は、非常に、巧みに練れており、どこまでも自然に表現され、叙情的な歌い方は、まさに本領発揮といった感がありました。

殆どの聴衆は、この曲の演奏がお目当てだったはず!

玉虫色に微妙なあやを魅せ移り変わる転調は、どこまでも美しく、シューベルトの魂が乗り移ったかのようで、音楽にぴったり付いていくように、ハートを奪われ聴いていました。

ステージ横の、ピアノの音が立ち昇る席から、背中からの動きや、手の動きが良く観えました。

アンコールでは、シマノフスキの前奏曲を一曲。
良かった…この長大なソナタの後、即興曲や楽興の時などが来たら、せっかくの興が・・・

最後に、シューベルト自身の言葉を。
「音楽とは、みんな悲しいものだ。
楽しい音楽なんてあるだろうか。」

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大人の方向け曲のご紹介「ヒースの茂る荒れ地」

ドビュッシーの前奏曲集第2巻の「ヒースの茂る荒れ地」。
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スコットランド、泥炭の農耕に適さない土に広がる、ヒースの花。
ヘザー、または、日本ではエリカとも呼ばれます。

静けさの中に、ヒースの香りが匂わんばかり…、そよそよと風にざわめく音も聴こえてきそうです。肝心のヒースの香りを私は知らず、その香りがすると言われる、「ハイランドパーク12年」を嗅ぎます。
IMG_0064爽やかにほのかに甘い花の香りがします。

フランス人女性作曲家タイユフェールの「フランスの花々」に出てくる花達より、ハーブ臭はないものの、ハーブ系の香りも漂います。

ヘミングウェイの「移動祝祭日」の中で、パリの街が寒くなったから、しばらく山岳地帯の麓の山荘に夫婦で籠り、帰ってくるとすっかり街は冬に順応し、「良質な薪や石炭が売られ、石炭粉を卵型にこねたものを暖炉で燃やした」というくだりがあります。
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おそらく、ドビュッシーの晩年と時期が近い。
彼は、妻エンマの豪奢な暮らしぶりの為、生活費のために、「前奏曲集」をポピュラーな調子(親しまれるように)で編んだのだから、この曲集はよく売れたと言います。
薪を燃やしても煙突そのものが冷えていては、空気の通りも悪く、部屋中が煙に包まれたりする不便さを想像することも、また一興と言ったらその時代に悪いけれども、曲と仲良しになれるかもしれません。

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ピアノのお習い事のメリットとは、

◆・◆・◆
情操教育と言われているピアノのお習い事には、
・脳の発達に良い(演奏=同時に幾つものことを処理し統合する能力。)
・心を豊かにする(情操。生き生きと心の深部まで満たす)
要は、左脳と右脳のバランスの良い発達を促す、大きな作用があります。
・判断力、忍耐力、継続力も培われることにより、様々な生活の局面を乗り越える力がつきます。

幼い内から、マンツーマンでのレッスンにより自然と身につく、
・マナー教育、 という側面。
 相手を思い遣る心から発し、お互いに心得て心地よく過ごすために必要なもの。
 成熟した品格は、教育と、自ら考える力によって培われるものです。

マズローのいうところの、自己実現の欲求の先にある、
・「真・善・美」に触れる、
   高次の欲求の充足もあります。
piano
                  ◆・◆・◆

先日、マリア・ジョアン・ピリスのピアノで、デュメイの指揮のベートーヴェンの協奏曲4番を聴いて来ました。
ピリスのピアノは、冒頭から語りかけるようにデリケートに表現され、生命の鼓動が脈打つような活気ある演奏に、客席も熱い感動に包まれていました。
ああいった演奏を聴くと、いかに普段意識に上っていない心の次元というのが深くあるのか思い知らされます。

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大人の生徒さんのがんばり♪

郡山駅では、この方達に、お出迎え&見送られました(笑)
発着メロディーは、すっかり「キセキ」が馴染んで来ました♪

大人の生徒さん達のがんばりに注目したい今日のブログ!
(決して、子供の生徒さん達ががんばっていないわけではありませんよ

大人になって、ピアノを弾き続けようとする気持ちって、どんな気持ちなのでしょう!?
例えば私の場合なら、(おおげさですが)生きている間に、もっとピアノを通して本質に触れたい…とか、少しでも先の地点に到達して今よりわかるようになりたい、とか。
今まで弾かなかったあの曲やこの曲を通して、習熟させたい…とか。
底から湧いてくるような欲求、目標なのです

大人の生徒さん達も、それぞれ、ブランクの間に秘めたる、情熱があります!!

ハンガリーの大作曲家コダーイは「18歳から75歳の間に期待される」音楽性の開花、豊かさについて述べています。
そこからが、音楽の本当の味わいの面白さがわかる年齢ということでしょう。
18歳までの「筋肉がしなやかで反応の早い幼い年齢の時にだけ、本質的なテクニックの基礎を確保することが出来る」とも言われています。
子供さん達も、これから、大きな実りが待っているわけです

今みえている地点より、先に行く事が出来る。それが、学ぶことのおもしろさなんだと思います

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曲選びは、自分探し

この春は、甲府、郡山とも、新しい生徒さん方との出逢いがありました。
昨年度は、学校に通っていたこともあり、新規募集をストップさせて頂いておりました。
ご縁を感じる出逢いに、感謝致しております
〜.〜.〜. 〜.〜.〜.
写真 Koriyama ご近所の中央公民館が新しくなり、「展望台」上ってみました。

郡山でのレッスンで、お話したことです。
曲選びは、自分探しと似ています。
或る曲に惹かれるとき、それを作曲するに至った作曲家の心境、情緒に、共感している自分に気づきます。

そのフレーズやハーモニーの表す、「何が」心を捉えて離さないのか、自分の中に分析していくと、合うもの、好きなものが見えてきます。
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ショパンの天才の秘密の一つに、
一見、幸福で穏やかにみえる曲調の中に、寂しさ、哀惜の念が漂っていて、その諦めの内にこそ、より甘いメランコリーが魅力を放つ。
といった不思議な力があります。

これは、ひとえに人生哲学と結びついていると言えるでしょう。

自分の求めているものを探りながら、きっと、これは!という曲にもめぐり逢えると思いますよ♪

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失敗は成功の基 

3月15日は、郡山での演奏会でした。
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聴きにいらして下さった方々、有難うございました。
後日にかけて、懐かしい方々との交流が持てて、温かなひとときでした。
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大学生の新人演奏会に、今年別科を修了したので一緒に出演させて頂きました。
予期していたことではありましたが、世代の違いは、良い悪いを抜きにして、演奏におけるスタンスが異なり、舞台裏での過ごし方などにも意識の隔たりが表れ、出番までの集中がいまひとつでしたのが、大変心残りではあります。
年代に限らず、個人の問題で、そういうことがきちんとしている学生さんは、演奏も良かったです。
自分の演奏が終わっても、舞台裏に残るなら(私ならその場から離れますが)、その後にまだ演奏を控えている演奏者への配慮を忘れてはいけません
集中には、静けさが一番の恩恵です。
楽屋が無いので、その辺りの工夫が必要と思います。
待つ間、周囲の状況が騒がしくとも、内面に入り込めるだけの集中力が持てるに越したことはなかったですが、今回はそれがむずかしく、残念です。

同窓会福島県支部の諸先輩方、会員の皆様にはお世話になりまして、御礼申し上げます。
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そわそわ♪

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甲府盆地を見下ろす、高台にあるCafeで、先日、また1つ歳をとったお祝いをして貰いました
Crepuscule、フランス語で「黄昏」を意味する名前を持つお店です。
夜景のまばゆい、現実から離れた空間で、料理もとても美味しく頂きました。ここ、有〜名な漫画家の方の旦那様がオーナーだそうです。

この日は、昼間は学校もあり、レポート提出が前から決まっていた日なので、しかと用意して授業に出たのですが、誕生日だと思うと朝からそわそわ、気分が高揚していました♪幾つになってもそうなのですから、困ったものです。
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西洋音楽史のレポートのテーマは、「音楽とナショナリズム」と「器楽は、声楽とどの様な点で異なっているか」でした。
前者は、わりと得意分野のテーマなので、すらすらす〜ら(笑)と、随分前から書き上げていたのですが、声楽と器楽の違いは、書けそうでいて、規定の文字数を埋めるのに苦労しました

でも、書いて良かった!関与度合いが高くなると、自然に授業も身に入ります。

特に、先生が持参される、オペラや器楽のDVDが、毎回、厳選されたものばかりで、感動的です。

はじめは、昔一度受けた科目をまた…と思っていたのですが、好きな科目はやはり何歳になっても好きなんだなと思いました。
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所で、幼稚園の頃、お誕生日会の手形付きメッセージカードに、幼稚園の先生から「あつこちゃん、こんなに寒い時に生まれたのね。」と書かれましたが、11月も半ばになると本当に寒いですね。
皆様どうぞ、お風邪にお気をつけてお過ごし下さい。

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fisの音が告げるもの…

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別科のレッスンは、あと10回もないですが、もっと前から、なごり惜しむ気持ちが、全身に溢れて込み上げています。

私の弾いている曲には、長いcodaに「あたかも切ない別れの甘酸っぱい苦しさの中で混ざり合っている」(コルトーによる言葉)、惜別の余韻が表現されています。
バスでは、fis(ファの♯)の音が、何度も何度も別れの時を告げているのに、上声部では、まだまだそこから立ち去りたくない、万感の思いが、溢れ出さんばかり。
夢のように美しいあの曲と、夢のような恩師との日々がだぶって、せつない気持ちが込み上げて来ない日はありません。恩師はこれまでも、ずっと心の支えでした。

別科では、良い友人達にも恵まれました。
学科の授業のあと、ランチをとりながら、音楽を大切に思って生きてきた様子を感じて、仲間だなと思うひとときの温かさ。

素晴らしい時を過ごす程に、一層余韻は長く、いつまでも続きたいと願う気持ちがあるものなのだろうと思います。

fisの音が告げるもの。それは刻々と迫るばかりです。

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(写真はカナダ 2010年)

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音楽 — 5:03 PM  Comments (0)