2011年10月17日
ショパンの命日
今日は、ショパンの命日です。
1849年の10月17日、39歳で世を去りました。
10/30にマドレーヌ寺院で行われた葬儀には3千人の参列者があったと言われています。
ショパンの葬送行進曲のオーケストラ版とモーツアルトのレクイエムが演奏されました。
この葬儀で歌った歌手達が、後日2000フランを要求して来たというのには驚きでした。
ショパンの心臓は、姉のルドヴィカにより故国ポーランドに持ち帰られました。
〜・〜・〜
と、ここまでは有名な話。
ショパンは、生涯「自分の肉体と精神で何をしたら、ポーランドに尽くすことが出来るか」を、課題としていました。
彼の作品の背景には、熱情的な祖国への憧れと共に、二律背反的に、決して叶う事のない悲哀と絶望も抱いていた、国家的な情勢がありました。
又、私は、ショパンの頃のパリの街の様子を理解する一つとして、ベルリオーズを挙げたいと思います。(但し、彼はパリジャンです。)他にも同時代を生きた音楽家・芸術家は沢山いますが、誇張や大袈裟な作風のべルリオーズのオペラなどに(ショパンとは相容れませんが)、意外にも、ショパンと同じ頃の街の空気を感じることがあります。絵画に観るとすると、ドラクロワでしょうか。
喫茶店で(流れていても)紅茶とケーキでは、ショパンは語れないと言ったのは、ピアニストの宮澤明子さんでしたか…、言い得て妙ですね!
昨年の今日は、ポリーニの「24のプレリュード」の演奏会でした♪
Filed under: 音楽史 — 8:34 PM
今日は、私もショパンのプレリュードを少し弾きました。ペルルさん、昨年、ポリーニ、ショパンプレリュード聴いたんですか?羨ましい!もう10年以上ポリーニを聴いていません。
yumiko先生、プレリュードもレパートリーなのですね!羨ましいです♪♪
命日にプレリュードって、なんだか良いですね。
昨年、この日に行われたポリーニのプレリュードのリサイタル、行ったんですよ(*^^*)素晴らしく、そしてやはり完璧さを崩しませんでした。枯れた感じがやや出ていて、そこがまた私は、良かったなと思いました!
今日は、私もバルカローレ弾きました♪
[…] http://www.perle-piano.net/wp/?p=25223 「ショパンの命日」 http://www.perle-piano.net/wp/?p=20999 「祖国を後にしたショパンの心情を想う」 […]