先日、中級くらいの生徒さん達と、「お家でのモチベーションは、楽器にも左右される」という話題が出ました。
生徒さんが、電子ピアノかアコースティック(生)か、また、アップライトかグランドか、に対しては、各ご家庭での住宅事情にも関わってくるため、あまり口をはさまないので、私自身の体験談をします。
ふだん一般的な車に乗っていて、突然フェラーリに乗るような感覚
私は、武蔵野音大を卒業して約20年経ったあと、もう一度、2014年に今度は別科という社会人向けのレッスンコースに在籍しました。
その修了試験で、久しぶりに「モーツァルトホール」という母校の2番目の大きさのホールで、すこぶる状態の良いスタインウェイを弾きました。
世界最高峰の高級楽器メーカーのスタインウェイは、これまでも、色んな会場で弾く機会は何度もありました。
けれどもその日は音大の、メンテナンスも音響も行き届いた環境で弾いたからか、本番で出てくる音が、普段と格段の違いがあり、圧倒された記憶が鮮明に残っています。
パワーだけでなく、タッチのレスポンスが違うので、表情が多彩な響きを生み出すのです。
普段なら目の先にある筈もない、パイプオルガンの存在も全く日常とはかけ離れていました。
あのなかでの演奏の経験は、近年で非常に意義深いものでした。
冒頭の低音のCis(ドの♯)が鳴り響き音に抱かれた瞬間や、うまく行った中間部の無我の境地、緊張とたたかって、渾身で出した難所のクライマックスなど、忘れることが出来ません。
スケート競技のようなもの!?
その修了試験は、公開試験(コンサート形式)でしたので、大学時代から20何年もお世話になった恩師に一言ご挨拶しようと、母も聴きにきていました。
この時期、私は毎日6、7時間練習して、この本番に備えていました。
客席から、緊張感溢れるステージを見つめ、スタインウェイフルコン(全長274㎝)に立ち向かっている娘の姿に立ち会うこととなった母は、あとから、こう言いました。
「フュギュアスケートの、あの一瞬一瞬が真剣勝負であるリンクの場と似ている」と。
普段はうまく行っていても、どんなに練習を積み重ねてきても、3回転半のジャンプや、難しい技の一つひとつが本番で決まるとは限らない。
精神統一し、身体中の神経をその時その時、ひとつの動作に集中して行うのは、まさに、的を射抜く射手などにも通じるものがあるでしょう。
どんな楽器でも対応出来るように
しかし、私たちは、どこかで弾くときに、いつも良い状態の楽器に当たるとは限りません。
例えば、地方で温泉旅館に備えてあるグランドピアノ。
湿気や厚い絨毯で、状態が悪かったりすることもあるでしょう。
まだ自治体で購入したばかりの、新品で音の鳴らないピアノ。
鳴るようになるまでに、2年以上かかるかもしれません。
お客様がぎっしり入った客席は、音が吸われてしまうし、
音の狂ったものや、環境的には、ホール内に、赤ちゃんの泣き声や、鈴の音、飴の紙をカサカサ開ける音、いろんな場面に対応しなければならない状況もあります。
(そう思うと、子どもさんのコンクールや発表会は、そういった良く無いことは少ないですね!)
どんなピアノでも、最大限「鳴らす」ことが出来るように、したいものです。
楽器のポテンシャル
先ほどの、スタインウェイに話を戻します。
音量だけでなく、低音のゴーンと鳴る鐘のような音、中音部から高音部にかけての玉虫色、虹色に輝く色彩は「倍音」の成せる技。
厳選された木材と鉄骨に共鳴した比類なき黄金の響き。
1台のピアノに1年かけて製造し、1200もの部品が複雑に絡み合う構造、127の特許で、他の追随を許さないと言われています。
世界の銘器は、それぞれのトーン(音色)を持ち、そこに魅了されて、所有への憧れや、聴く・歓びが生まれます。
弾くことが、歓びに!
銘器のサウンドをサンプリングした電子楽器などではなく、アップライトや中古のアップライトで良いので、
アコースティック(生)のピアノで、弦の振動、音の温もりを感じて練習するといいですよ。
という初級、中級さんへのメッセージも込めていますが、
楽器には耐久性も大事ですが、クラフトマンシップに則った楽器の芸術としての奥深さに、これから長い年月かけて出逢う楽しみがありますよ。
という話でした!