充実の、介護のランチ会

この日は、秋に介護の勉強をしたお仲間とのランチ会でした。

甲府より少し東の、春日居町(石和温泉と、山梨市の駅の間)にある、「すし屋のスパゲッティ ツヨシ /玉寿司」に行って来ました。
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海への憧れからか、お寿司屋さんがとっても多い山梨県!
こちらのお店は、パスタも、新鮮な魚介ネタ(ウニとイクラ!とかゴージャス)が具になっているものも

私は、わさびのバター風味のパスタランチにしました。甘さ控えめ手作りデザートも美味しい〜!マグロの色がきれいですよね。お寿司ランチもありました。
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朝は雨で、はじめての場所で心配していましたが、春日居町の名前のように、ポカポカと暖かい日差しの中、お座敷で寛いでお話が弾みました♪

すでに、介護のお仕事をしている方や、訪問介護を始めた方、これから事業を立ち上げる方々など、皆さん、すごく生き生きとされていたのが印象的でした!
綿密に事業計画書を書かれている方も!
刺激を沢山受けました。

リーダーシップに優れた方もいれば、
思いやりにあふれた方もいる。
若いのに踏み出している勇気を持っている方もいる。
能力もEQも高い方達ばかりです。
こういうしっかりした方々が、ご高齢者や障がいを持つ方の近くに寄り添ってくれたら、どんなにか心強いだろうと思います。
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利益が優先される、年々世知辛くなるばかりの世の中に、本当に必要な仕事とは何かと考えます。

歳を重ねることは、これまで得たものも多い一方、失われていくことも多く、その喪失感はなかなか埋めることが出来ないものです。

そういう孤独とか、生きる意欲を失った時の助け…、ふと振り返れば、周囲に応援してくれる人がいた!と確認するとき、そのかたやご家族は、どれだけ心が救われるかわからない。

荒れた言動は、寂しさや焦り、本人の助けを求める心の叫びなのだから。

心の面では、とどの詰まりは自分が挫けたのを助けるのは自分しかいないけれど、日常生活動作を支援してくれる人がいて、色んな懐かしい昔話を聴いてくれる相手がいることで、どれほどそのご高齢者(に限らず介護を受ける方)の生活は彩りを増すことでしょう。

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初任者研修と名称が変わったけれど、どんなに需要が大きいかわからないのに、確かな収入に加えて「ヘルパーさん」という名称も、なにかもっと威厳あるものに変えたらどうかしらなど考えてしまいます

私も、人生の最期は、いい居宅医療や優しい方の介護を手厚く受け、穏やかな死を迎えたい…、そんなことまで考えました。

ピアノのセミナーに幾つも行くのとはまた違った、大切なひとときです

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[カメラマン交代により、同じアングルの写真複数連ねてます〜]
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続ける力

時間をかけて、身体で覚えたような記憶「手続き記憶」は、歳を重ねても、それが衰えたりはしにくいと言います。

新しい知識や出来事は、人を新鮮な気持ちにさせ、脳も活性化しますが、その反面、これまでやって来たことを、とても大事に思うようにもなります。

継続してきたことは大きな力となり、やがて、晩年に差しかかって尚、「残存機能」として残り、自信に繋がります。

人は、誕生から、その終末までに於いて、あまり他の人の手を借りないで過ごすことの出来る期間は、長い人生の中の何十年かの期間です。
せっかく覚えたことは、鈍麻させずに磨いていきたいものです♪

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「ピアノの先生」という仕事

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甲府に居る間に、一度は観たかった信玄公祭りに行って来ました!
今年の武田信玄役は、片岡鶴太郎さん。眼光鋭く、プロの存在感。

さて、本題♪
かつて「ピアノの先生」という職業に、没頭していた私。
今は、少し遠くから眺めています
いずれ郡山に戻ったら、ピアノ教室を再開しようか…と思う反面、これまでのように、全身で没入出来ない何かがあります

郡山は、音楽都市を謳っている通り、至る所で(特に、部活動に力を入れる県でもあり)音楽の部活のコンクール「金賞」とか、PTNAのグランプリ受賞など、若者達が音楽面でも活躍しています。

特に、部活動に言及すると、越境してまで入学希望者が大勢いる公立中学での学習面や音楽活動など、所属する学生達、保護者様共々にとって、大変誇りの持てる内容なのだと思います。
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しかし、コンクール。
良い面も勿論あるのでしょう。
でも、競争心と向上心は、根本の目的を助長もするが、見失いもする諸刃の剣ともなると、私は思っています。
特に「誇り」。
「一生かけても、完成には至らない」という芸術において、
まだ若い中学生や、高校生、今は小学生さえも、「コンクールでうちの学校は何賞だった」ということが、誇りの源となってしまうことは、音楽の長い道のりに大切な「謙虚さ」を、時に忘れてしまうのではないか。

人生の最初の頃に、そのように捉えてしまったら、
音楽そのものを、聴いたり奏でたりする、純粋な喜びを、もしかしたら知らないままになる子がいるんじゃないかな、と思ったりします。
「上手くなりたい!」「解りたい」という気持ちを持つことと、勝つこと選ばれることが、本末転倒になってはいないだろうか。
だからこそ、市を挙げて煽るっていうのは、あまり好ましいことばかりとは感じないのです。
誇りが奢りになってしまう時、基礎を見つめ直すことが、自分で出来るかな。
イマジネーション豊かなものは、育っているかな
お家で、外で、本当に好きで、音楽を聴くことのあるご家庭はどの位でしょうか

県の中のことばかりではなく、全体的に、今コンクールは盛況ですし、そういうことに乗ることに対応することも、お習いされる方々のご要望でもあるのは確かです。
でも、なぜかそこに、私自身の音楽に持つイメージとは、違ったものを感じています。
もっと心の力の抜けたもの…

ベートーヴェンが弾きたい、ショパンが弾きたい、ドビュッシーの何々が好き!、と、心から好きなものを持っていてぶつけてくれる方に、そこから繋がる、芸術の話をして行きたいです。

今後、またピアノ教室経営ということで、やっていくとすれば、納得の出来る答えはまだ見えて来てはいませんが、ちょっと辛口を綴った、今日のBlogです

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武田24将率いる甲州軍団の出陣行列のトリ、鶴太郎信玄公
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夜桜の舞鶴城公園での帰陣式

「悲嘆のプロセス」

「夜に書いた手紙はbag.gif、朝読み返してから…」という言葉通り、夜のブログも危険ですdanger.gifcoldsweats01.gif
ずっと書きたかった、このテーマ。

「悲嘆のプロセス」を最初に、6段階で示したのは、「死ぬ瞬間」の著者エリザベス・キュープラー=ロスです。この精神科医の女性は、人格的にもとても優れた方だったらしいですが、この方の説は、主に、亡くなる本人が、死を告知されてから味わう段階についてです。
父が亡くなった13年前に読みました。

たまたまその前年、私は上智で哲学と社会学の科目等履修生をしており、アルフォンス・デーケン先生の「人間学」の授業も受けました。その時に、「死生観」とか「悲嘆のプロセス」「グリーフ・エデュケーション(悲嘆(喪)の仕事)」についても知ったのです。

デーケン先生の「悲嘆のプロセス」は、12段階あり、主に、残された方の人に向けてのステップです。

死に限らず、喪失体験なら、例えば引っ越しでもなんでも適用出来るそうですhouse.gif。とても参考になります。

その段階は端的に示されているので、ここに12個列挙するのは容易ですが、今は省きます。その訳は、この段階は、社会生活の中で役割を担う中で、中断され、進んだかと思うと、もっと酷い境地に陥る事がある事を重々感じているからです。(プロセス通りに当てはまる訳ではないという意味です。)

このプロセスが完了するには、少なくとも数年を要する様で(死別の場合かもしれませんが)、私の述べたいのは、これを甘く見てはいけない…と思う事です。

本人に取っては、惜別の思いは「切り取られた時間」となるので、生きた心地はしないでしょう。
喪失の対象によって、過去の一部が切り取られるのか、現在がなのか、未来が…など異なる様ですね。(未来だけは選択出来ますが、割り切れるかどうかは別でしょう。)

例えば、私が父との死別の時に、一番の薬となったのは、母と共に思い出話を語る事でした。それも、そんなに深刻な調子でなく、あたかもそこに居る様に。。当時は、父が出張のバッグを持ってdoor.gif、まるで応接間のドアから入ってくる感覚にとらわれる事がしばしばでした。母は、どちらかというと、敢えて自分からは思い出話はしたがらなかったですが…。

ただ、私は、「思い出を分かち合える」というのは、幸せなことだと思いました。
それこそが薬でした。

「喪の仕事」というのが、日本人は大変下手だそうで、大病を患った人にでも、本人が元気そうにしていると、「お元気そうで」と声をかけてしまったり、無理に気持を次に(他へ)切り替えようとしてしまったりするという話も聞きます。

しかし、私はこの「悲嘆」というのは重要なことだと思います。表面に出すかどうかは別として。

時間が解決という言葉も、全面的には当てにありません。「ピンチはチャンス」とか、「幸不幸は受け取り方次第」なんて言葉も、本人の立場に立たない限り、悲嘆に暮れている人には無意味な響きでしょう。(私が言われた訳ではないので、誤解の無き様お願い致しますwink.gif下から3段落目の為に述べています。)

半月程前、私がセミナーに行った日が、両親の結婚記念日だったので、その週末に、突然母が、あるVTRを出して来ましたtv.gif

父が死の前年(死ぬなんて本人も全く思っていなかった)に、学生時代の親友4人で北海道へゴルフ旅行に行った時のものですgolf.gifflag.gif。1度観たきり10年位封印してありましたが、私は、父が旅先の夜にnight.gif、友人達と蟹懐石屋さんに紹介されたらしいスナックでwine.gif、石原裕次郎を熱唱しているのをkaraoke.gif、ずっと覚えていましたhappy01.gif。あと、ダンスしたりheart04.gifeye.gif

大好きな昴も歌っていました。「悲しい酒」を歌う元市長に、(演歌特有の悲恋の台詞の箇所で)「諦めんな〜♪」と、お茶目な父らしい得意の茶々も入れていました(笑)私は、父の「夜霧よ今夜も有難うnotes.gif」が好きでした。
次の日は、小樽でオルゴール館に寄った所も録画されておりmovie.gif、私へのお土産となった、透明のグランドピアノのオルゴールはそこで選んでもらった様です。

何故か、今頃になって、そのビデオを出して来た母の心境を思うと、涙が出そうでした。

私に取っては、もう吹っ切れた気でおり、普段は忘れていますが、やはり、父に生きていて欲しかったと思わない時はありません。特に、辛い事が続いて、父をこの記事の引き合いに出した様で、申し訳ない気もします。

最近思うのは、津波の被害などで、ご家族や大切なお友達をなくされてしまった方は、これまでの思い出を分ち合う事もままならないんだな…と。

次に来る暖かい季節を、待ち望んでいる方々は多いでしょうcherryblossom.gif。しかし、次の季節の到来を、決して嬉しく思うばかりとは限らないです。

デーケン先生の「悲嘆のプロセス」についての本はこちら。

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「雄弁は銀、沈黙は金」というけれど

「雄弁は大事だけれど、沈黙すべき時を心得るのはもっと大事」という意味の、イギリスの思想家カーライルの言葉らしいですが、確かにそれは大事であるといえるでしょう。

例えば、喧嘩するならthunder.gif…ただ隣でお茶を飲んでいた方が次第に和むという場面もあるでしょうjapanesetea.gifcafe.gif(笑)。また、ぐっと言葉を飲み込まなければならない時は多いものですdelicious.gif

何かを守らなければならない時は、沈黙し静観するしか他はない…という場合だってあります。

けれども、それは大きなストレスも伴いますshock.gif

いずれにせよ、矩を越えることなど書く訳はないのですから、書きたい内容でいきますwink.gif(休まないなら…)

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時間の方向

時間は、否応無しに過ぎていきますがwatch.gif、人には、忘却のシステムと、いつでも思い出すことが出来る相反する特質が備わっています。

「現在」は、思考の上では、「過去」にも、「未来」にも自由に行き来することが出来るのです。

ショパンが、生涯、マズルカを書き続けたのは、祖国と望郷の想いを忘れたくなかったからですね。

音楽が、「遠い音」、過去の刻印を含んで美しい描写が心を捉える様にconfident.gif、文章も、必ずしも前を向いているものばかりでなくても良いのでは、と考えを変えたのは、2週間近く前のことです。

ブログでは、前向きなことを書かなければいけない…と、以前は思っていました。

だから、ネガティブな気分の時は、それが収まるのを待ってから、PCに向かっていた頃が殆どでしたpc.gif

ポジティブなことばかり書いていると、そういう性質になる感もあり、それはそれで良くも作用する…icon_rolleyes.gifと思ったこともありますhappy01.gif

しかし、それで無理が生じる状態の場合、書いている記事との乖離が生じ、違和感を感じますaries.gif

それで私は、そんな時期しか書けないブログを今は書こうと意を定めた訳ですsign01.gif

ブログとは、もとい、文章とは、究極の所なんの為だれのために書くかというと、私がずっと考えていた答えと、ずっと以前にも尊敬する方々にもお聞きした答え(結論)は、全く一致していました。これは嬉しい驚きでflair.gif、至ってシンプルなその答えに、或る意味、確信を持ちました!その核心は、今は書きませんがsecret.gif書く事(読む事)を大事に思っている方なら、多分直感的に分かると思います。

ただ、ブログどころではなかったり、書いても「こりゃだめだ」と思っていた時期、遠くから励まして下さった数名の方々には、厚く御礼申し上げます。

ある方は、美しく厳しい愛情深いメールで、大切な事を気付かせて下さいました。

ある方は、慈愛のあるDMで、私のこれまでのブログについて、これ以上ない程嬉しい賛辞を贈って下さった…。

久々に更新したものを読まれて、とても喜んで下さった方々も…。

体験を待っていらっしゃる方まで、励ましの心ある長文を下さり、力付けられました。

そして、陰ながらいつも励まして下さっている方、私を、書く事に引き戻して下さって、本当に有難うございます。

哀しみのトーンは、行来つ戻りつしばらく続くかもしれませんが、悲嘆のプロセスというのは、順番通りには進まないものです…。

一見ブレているかの様にみえる、今の私のブログも、根底に流れているものは、幾つかの、自分に取って重要なテーマに沿っているのです。

そういう時があっても良いのではないかと、この状態を私は受け入れています。

書くという行為は、自分と向き合う事なしには、人に伝えられず、そこに何かギフトを与えたい思いがなければ、読んで下さっている方に失礼…という思いは変わりません。

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中秋の名月、そして震災後半年に想う

中秋の名月の前日に戴いた画像です。

今夜は、中秋の名月。

昨日であの震災から半年が経ちました。。(アメリカの9,11からは10年ですね…。)

やっと津波の被災地を少しだけれど訪れ、原発の苦しみは充分に味わって来た者として、この一週間、感慨を持って過ごしていました。

仙台のかおる先生のお言葉から、被災者の「尊厳」ということが、強烈に残っています。

石巻も女川も、短時間しか見なかった私に語る権利もないとは思いますが、写真や映像では(自分には)伝わらなかった部分を、感じて来た様に思います。

なにしろ、三陸海岸をどこまでも広範囲に、続く道。石巻で、お家は、皆とても立派なのに、一階部分は、窓ガラスはなく、中がぽっかり空いていました。

新しい家だって随分あったし、そのままそっくりを捨てなければならなかった方々を思うと、それは言葉を失うしかない程、天災の無情を感じました。

家族を亡くした方々、親御さんを亡くした子供さん達の悲しみ、そして、今現在も続いている、その地に住まれていた方々の「苦しみ」。

なにより、亡くなられたご本人は、一番無念だったとも思います。

再び、尊厳の話に戻りますが、人にお世話になるしかない…というのは、感情的に難しいものです。
本来、持ちつ持たれつである筈の事が、対価なしに、受けることしか出来ないというのは、本人が辛いものですよね。支援は非常に必要でも、自分がそういう状態でありたい立場から受け取るという、その複雑な気持ち。立場に優劣や、不公平感を感じてしまうこともあったと思います。

何をさておき、「仕事と住む場所」、これ無しに、どう尊厳を保てるか…。仕事の機会とは、この度被害が少なかった都市か、復興を遂げる力のある都市にはあるのです(><)

阪神淡路の時に、新潟中越の時に、どんな心持ちで居たかというと、正直、やはり自分の地域に関係した今回とは、全く違う…というのは、私に限った事ではないかもしれません。

原発問題での不便さにしても、他の地域の方々には、現実感としてはわからないものだと思います。遠くでは「具体的にどう大変なのか、掴めない」という言葉を結構良く耳にしました。

福島県内ですら、場所によって違いますし、その人その人の考えによって全く違います…。

私は、散々な想いで3月17日に脱出し、那須から新幹線に乗り、無様な格好で東京に着いた時、東京駅の名店街がちゃんと機能していたのに驚き、すだちを絞ってお蕎麦を食べた時、あまりにも美味しくて涙が出そうでした。

その後しばらく、何故、こんなに東京は早く立ち戻り(計画停電が大変だったとしてもです)、ここは、いつまでも原発の行き先不明瞭な闇に振り回されなくてはいけないのかと、砂を噛む様な気持ちで、平常の生活が戻って来ている場所からの情報をネットや目で見てしまうと、焦りも苛立ちも無かったと言ったら、全くの嘘になります。
藤先生からご献本頂いた、自分の教室を載せて頂いている書籍も、なかなか開けませんでした。

巷の音楽のボランティアイベントには、耳を塞ぎたい位でしたし、励ましのCMも好ましくは感じませんでした。(それより真実が欲しかったですから。)非常事態に、音楽は全く受け付けなかったですが、結果的に、その後、根っこの部分で私を支えたのものの一つは音楽だったのでしょう。

レッスンを再開した4/15の後、5月〜7月、心から祈る想いで仕事に没頭しました。

私の出来る事は、やはりピアノを通して、心からの笑顔で、生徒さん達の環境を守ることだからです。

今ある環境の中で、最大限の努力はしようと思いました。郡山の子供さん達が、ストレスを溜め込まないで、動きのある音楽をすること、震災以前の状態に近づけること、いえ、その頃よりもっともっと楽しめるレッスン構築に心を砕き、勉強だけは続けました。

次第に、幸せな気持ちが戻って来ました。

京都から戻ると、散歩が思う様に出来ないことに、身体のギャップを感じ、なんて不自由なのかと思いましたが、そういったことは、慣れと工夫でなんとかなりました。

今、心から幸せを感じて、生活しています。
そして、この震災がなかったら、味わえなかったこと、行かなかった場所、出逢わなかった方々も多く、学んだことは計り知れなく大きいです。色んな方々の、心に残る言葉…からも、指針を与えて頂いた様な気がします。

不思議な事に、最初この記事は、中秋の名月の前日も月が綺麗な夜だった…という話を書こうとしました。

昨日、他県でですが、月の綺麗な夜、古い趣きのある橋を渡りながらそれに気付き、温かい風を心地よく感じながら、水面に映えるオレンジ色のレトロな街灯の下を歩きながら、私はとても自由を感じました。

私はこういう、偶然の瞬間の様な時間が好きですが、何にも制約されていない僅かな時間は、むしろ、自由でない時間があるからこそ一層輝くのだと思います。一人の時間は、大切な誰かがいるからこそ、より輝くのと一緒ですね。

休暇の朝、一日の始まりが「今日は何をしようかな」だとしたら、それはそれで気ままで良いけれど、「いつも」だったらどうでしょう。。。でも、どんな日も大事!

昔読んだ、ワイルダーの「わが町」では、人生のハレの日ばかりが貴重なわけではなく、何気なく過ごす、ケ(褻)の日だって同じ位、素晴らしいものだというメッセージを、当たり前の日常の幸せを失いかけた経験から、くっきりと鮮明に改めて心に刻み込む今日です。

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「星の王子さま」に学ぶ、ピアノと友達になる法


ピアノの練習、幼いうちは、イスに座っているのもchair.gifなかなかままならないことがあります。

成長してからだって、そうです。弾いている途中で、何か用事で席を立ってしまうと、又、集中するのに時間がかかる事がしばしばsweat01.gif

私は、縁あってレッスンで巡り逢った生徒さんには、「子供時代にピアノをやっていた事が、大人になってからも、何らかの意義の有るものになって欲しい」と思っています。

門を叩いて下さるお母様方からの願いにも、その様なお気持ちが込められている事も、お見受けしております。

音楽は、人の心を励まし、慰め、力づけ、鼓舞し、…言語では表現し難い領域の表現力には、心を解放させられます。

何でも、習得する時はそうだと思いますが、物事はそう簡単ではなく、自分の方から少し歩みよらなければ、あちらもnotes.gif応えてはくれないのは、音楽の場合も然りdespair.gif

「大切なものは、目に見えない」の名言で知られる、フランスの作家で飛行機の操縦士でもあった、サン=テグジュペリの「星の王子さま」にこんなエピソードがあります。

多少うろ覚えですが、キツネさんが、王子さまに、「僕と友達になりたかったら、毎日、同じ時間に会いに来てね。すると、僕は、だんだん待ち遠しくなるから」という箇所。

キツネさんと王子様が友達になる時の流儀が、ピアノと友達になる時に当てはまるかどうか、わかりませんが、「同じ時間」は兎も角、ピアノはいつもそこにいて待っている、心を開いて奏でれば、必ず応えてく…神秘的ですらあります。

幼い生徒さんcarouselpony.gifは、私から「こうだよ」「ああだよ」「もう一回」といわれるのをあまり好まない事もありますが、そこで、「主導権争いsoccer.gifdash.gif」の様な感情を持ってしまうとしたらicon_rolleyes.gifざんねんなことですweep.gifcoldsweats01.gif

近年、男の子でピアノを弾くお子さんが大変増えておりますが、これは効果的かなと私が思いますのはflair.gif、「大人の男のピアニストshadow.gifの演奏(会)を聴くこと」があります。

同性であるお父さん位の年代、或いはそれ以上の年代の方、それこそ大の大人が、人生賭けてピアノを真剣に弾く姿を目にした時、登っている山の頂きの真価に気づく(感じる)…かもしれません。

なかなか私も、日々のレッスンだけでは、役不足になることもあると思いますが、生徒さんとご父兄様との三人三脚で、「音楽が生徒さんの一生の友達に」なってくれるのを心から願っていますsign01.gif

回りくどくなってしまいましたが、実際は、年齢以上の事は求めていないので、ご安心下さいね。

でも、イスに座っていれる事「聴くこと」が出来る事は、大事です。

onとon

教室の夏休みも、残す所あと一日。

今はただ、夏休み最後の人に共通する想いで一杯ですdespair.gif

この休暇中にレッスンに行ったので、ピアノの練習や読書に、自由な時間を思い切り使って、かなりリフレッシュしました。

前回の投稿で、プチお別れ宣言をした後、自分の勉強モードに気持ちを切り替えるまで多少時間がかかり、すっかり切り替わった頃には、またお仕事始め…。

今はまだ、師の音色がshine.gif、脳に染み込んでいますがnotes.gif、もう少し経てば、別の音たちで頭の中は溢れかえって消されてしまってはshock.gif…など、ちょっとした悲壮感、焦燥感が入り交じり、諦念すら漂っています。

日々に埋没されない様に、どちらのonも大切にしたいものです。

と、これを書いて一夜明け、普通の日曜日と変わらない心持ちになっていました。適応の力か(防衛本能か?)、ちゃんと切り替わるものなんですね。

駅前の繁栄と衰退

札幌(現在約人口190万)では、駅前にある西武(以前は「五番館」だったそうです)が、閉店するとの事でした。赤煉瓦にツタの絡まる、趣のある建物です。Loftも入っていましたが、そこもいずれは撤退とのこと。。

近年の札幌駅の新装とJRタワー&大丸の進出、依然として人気の東急デパート、他にも沢山百貨店や複合ショッピングビルのある札幌。タクシーの運転手さんに、西武の話を伺ってみた所、「建物内部が暗い感じがする。」との声でした。

そこで、駅前の街について、私は郡山と照らし合わせ、色々考えました。『ここだけでは無いのだな〜』と。

何故、こんな看板までうーんですが、現在判決に向けての間、意地だけで営業継続中の、郡山の旧丸井ビルの片隅のあの店舗には、目を覚まして頂きたいですし、「定年までの間の給料として」などという不甲斐ないお金を、原告側に要求(和解金の3倍)するのではなく、又、それが駄目だったからと反訴などしてずるずるさせずに、まだ働き盛りの方もいらっしゃるのですから、今後も何処かで働く意欲を持って欲しいと、喚起したいものです。

郡山の駅前は、昔は二本松藩領で、奥州街道の宿場町として繁栄した歴史を、その誇りを忘れずに、撤退するべき時にはし、賢く資産運用するのが、本当にその土地を愛情を持って守るという事ではないのでしょうか。

そして、その商売への愛着は、充分他の場所でも営業してみせてこそ、本物ではないでしょうか。

意地だけで、こんなに迷惑をかけるものではありません。

新しく加わったという敏腕裁判官には、早期解決力を望みます。

秋祭りでこの週末は賑わう駅前通り。本当の賑わいを早くみせてほしいと願っています。

ピアノ教室には関係ない内容ですが、私は、色々な事を総合的に見てこその人生であると思っていますので、この記事を書く事も意義があるのです。