[武蔵野音大竣工記念特別演奏会]ケマル・ゲキチ氏×福井直昭先生

 

開演前から、お祝いの熱気に包まれた客席

6月30日、武蔵野音大のベートーヴェンホールで、副学長の福井直昭先生と、客員教授のケマル・ゲキチ氏のピアノデュオによる、江古田新キャンパス竣工記念演奏会が開かれました。

竣工を音楽でお祝いしているかのような会に、皆の喜びが満ち溢れていました

満席以上の立ち見も出るほど、1500人もで埋め尽くされました。
プログラムはクリック拡大します。



超絶技巧的な華やかな曲ばかりでしたが、とりわけ「ハンガリー狂詩曲 第2番」の冒頭が鳴ったときには、しびれました!ゲキチ氏の真骨頂

「のだめ」の舞台となった音大なので、ベートーヴェンの7番の交響曲の編曲版もありました。

私は、学長先生の6列後ろ、最高の指定席にたまたま座ることが出来ました

客席には、建設に携わられた大林組から多くの方々や、プロレス界、落語会、各界から招かれたお客様方に、広く学外にも音大や、ピアノ演奏をアピールされていました。

伝統を受け継ぎ、新しい未来へ向けた気概あふれる副学長先生の熱い想いの伝わってくる演奏会に、ベートーヴェンホールは、まさにスタンディングオベーションさながらに盛り上がりました

終演のご挨拶で「建築と違い音楽には形がないが、新キャンパスの建設にあたり、本気で過ごした見えない時間は大切な財産。学生のときの友達は一生の友達になるから大切に」と、学生さんにも呼びかけながら話しておられました。

夜のB.H(57年の歴史を持つ日本初の本格的な音楽ホール)

始まる前に立ち寄った、大学の図書館の棚をみながら、音楽書であふれたここで1日過ごしたい、読みふけりたいと思いました


大学の友人と乾杯

愛校心に満たされる感動の一夜でした

ペルルピアノ教室HP

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イェルク・デームス先生の2日間

横浜、南万騎が原のピアノクリニックヨコヤマさんで、4月22日(土)、23日(日)に、88歳のウィーンの巨匠イェルク・デームス氏の演奏会に行きました

1日目は、レクチャーコンサートでベートーヴェンのop.110のソナタの深い内容と、デームス先生の解釈をお話下さいました。

両日、ブリュートナーの1905年製ジュビリーモデルを弾かれました。(隣に新品の190㎝も置いてあったのですが)

op.110に込められた、謎解きのような神秘的なレクチャーは、まるで私の大学時代の恩師のレッスンのひとこまのようで、ベートーヴェンの当時の心情に迫るお話に、もう涙が知らず知らず溢れて来ました。

多分私は、このようなお話に心の底から飢えていたのでしょう!
エドウィン・フィッシャーの薫陶も受けられたデームス先生は、私の恩師の師であるG.ヴァシャヘーリ先生と同門らしく、お話の方向性が似ているように思いました

デームス先生は、咳や紙の音に敏感とのことで、咳が出ないようにマスクをかけて聴いたのが功を奏し、涙も隠すことが出来ました

全楽章勉強したことのある大好きな曲です!

3楽章のフーガなど、オルガンの響きで本当に素敵でした。細やかなペダルからも目が離せませんでした。

コンサートの設営のために、お店のピアノの殆どを運送屋さんに一時預けられたという横山さん。

そうまでして、こうしたコンサートを開いて下さるおかげで、私は、魂から喜ぶ時間が持てました

生徒さんの指導の向上のために足を運んでいる指導法のセミナーもいいですが、また別の、私自身の喜びがあります

翌日は、「Magic of the Night」と題された夜の曲を集めたコンサートで、シューマンの「夕べに」や、フォーレ:ノクターン6番、ドビュッシー:「月の光」や、「月の光が降り注ぐテラス」などが演奏されました。

デームス先生の作品もあり「星の降る夜」などロマンチックでした。

2日目は、一席だけ、一列目が空いており、幸運なことにこの距離(上の画像)から、じっくり手を拝見しながら聴くことが出来たのです

鍵盤に指は吸い付くように、まったく叩かず、美しい音で「音楽」をされていました。

ペルルピアノ教室HP

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イェルク・デームス先生、88歳のバースデーコンサート

12月2日、横浜のピアノクリニックヨコヤマさんで、88歳を迎えられたイェルク・デームス先生のバースデーコンサートが開かれました

引越しと引越しの狭間で、南万騎が原までは遠かったですが、1905年製のブリュートナーのジュビリーモデルを弾かれる巨匠の演奏が聴きたくて、出かけて行きました。

お店にギュウギュウ詰めの聴衆の見守るなか、終演後ケーキをほおばるデームス先生

ブリュートナーの真価を聴きたい、という目的もありました。
ウィーン郊外の別荘に、古楽器もたくさん所有されて(通りの名前も「プロフェッサー、イェルク・デームス通り」だそうです。)
その精緻な指で奏でられた、珠玉のショパンの「子守唄」をCDで聴き、この日のプログラムにも入っていましたが、残念な事に、それはバラード4番に差し変わったものの、
前奏曲集や、自作の作品から、「ピアノとはこういう音だ」という、本物の巨匠の音を聴く事が出来て、幸せな感動がありました

奇をてらわない自然な音が立ち昇り、森のなかに入っているような澄んだ空気の漂い。涙が出る以上に、心から腑に落ちる世界が広がりました。

アンコールでは、自作のソナタ「ショパンへの追憶」から、第3楽章「ラブソング」を歌曲に編曲されたものを、お弟子さんの阿久津麻美さんがソプラノで独唱されました
一度聴いたら忘れられない甘美なメロディー、今もいつも頭の中に流れます。

阿久津さんのお声は、エリー・アーメリングのような抜けの良い透き通るソプラノ。

こちらのお店の代表の横山さんは、抜けの良い音のタンノイのスピーカーもお持ちで、デームス先生の音楽のキーワードのなかには、「抜けの良さ、澄んだ声」があるのかなと感じました。

ピアノクリニックヨコヤマさんには、ヨーロッパのメーカーの、アップライトを越える別格のアップライトも沢山展示してあり、ブリュートナーの第2ブランドである「ヘスラー」のコスパの良さ、音色の心地良さは魔法のピアノのようです

小学生でも、買われて行く様子を見たことがあり、幸せなお子さんだと思ったものです

美しい一夜のあとは、

横浜線に乗り継ぎ、延々と八王子まで、、
とうとうギブアップし、仕事帰りの主人に八王子まで来てもらい、甲府に着いたのは夜遅くでした

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ピアニスト上原由記音さんリサイタル

5月30日は、スペイン音楽のスペシャリスト、ピアニスト上原由記音さんのリサイタルを聴きに、上野の東京文化会館へ参りました
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今年、没後100年を迎えたグラナドスの、「ゴィエスカス」全曲と、「わら人形」での演目でした。

「ゴィエスカス」は、グラナドスの最高傑作で、絢爛豪華なゴブラン織りのような、華やかな作品です。スペインもの特有の、華やかな中にも暗い宿命のようなものが漂います。
第一曲「愛の言葉」から、第6曲までの組曲で、難曲で、しかも暗譜が非常に難しいことで知られています。

私は、この曲を20歳の頃に、ルイサダのCDで初めて聴いて以来、好きな曲の一つです。好きだけど手が出せない曲です。

上原先生は、アリシア・デ・ラローチャの薫陶を受けられたというご経歴で、フェイスブックでのご縁で、お誘い頂きました。

ゴヤの絵に出てくる女性の着ている衣装を再現された、ワイン色にバラのモティーフ、パゴダスリーブに、ドレスの丈を少し短くされた美しい衣装をお召しになり、可憐なご容姿と相まって貴婦人のようでした。

第4曲の「嘆き、またはマハと夜鳴きうぐいす」での、美しく繊細なうぐいすの鳴き声の表現、第5曲「愛と死:バラード」や第6曲で、本来のテーマが絶え絶えに回帰される様子など、ハッとする印象深い音色と装飾芸術の輝きを放つ演奏でした
演奏への、前向きなご姿勢が貫かれていらっしゃいました。

ゴヤの描く、愛の駆け引きにドラマ性を感じた一夜でした
スペインものは、まだ私にはわからない部分が多いですが

東京文化会館の内装は、原色の赤と黒、そしてゴールド、コンクリートの打ちっぱなしに映える、斬新なデザインです。
演奏会場の内装も、行く先々によって様々な愉しみがありますが、これから始まる「音楽」への予感、ワクワクした気分を掻き立てられ、特にこの日は、演目とピッタリ合っている様に感じ、つい目に留まりました

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杉山真衣子さんのピアノリサイタル

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1月30日に、ルーテル市ヶ谷にて、杉山真衣子さんのリサイタルに行って来ました。
文京区白山で、B.P.Music Studio 杉山真衣子レッスン教室を主宰されていらっしゃいます。
バッハ:トッカータGdur、シューマン:交響的練習曲、ドビュッシー:前奏曲第2集での素晴らしいリサイタルでした

作曲家別の弾き分けが見事で、バッハからシューマンに変わった時など、ハッとさせられるロマン派の感情の昂りと、伸びやかなメロディーの歌わせ方、シューマンの濃厚な官能的とも言えるハーモニーの響きにゾクゾクしました好きな演奏
終始、気持ちの良い美しい音で、スケールの大きな演奏を豊かに紡がれた真衣子先生。

何を弾かれてもブレのない、格の高い演奏でした。

厚みのある、線の太い響きは、まるでルービンシュタインのような明るい音色で、ウナ・コルダの、ベールのかかったような柔らかな音や、トリルなど装飾的なパッセージのリズムのキレの良さも光っていました
低音部の生き生きとした動きも見事でした。

媚びずに、真摯に音楽と対話しながらピアノに向かわれていて、楽しんでいるご様子がこちらも楽しくなってしまう、素敵な演奏会でした。
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前半と後半で、ピアノをスタインウェイからベーゼンに替えられたように、ドレスも替えられたのですが、お母様の着物をリメイクされたというドレスは、曲に大変合っていて、後半のドレスは、ドビュッシーがその場に居合わせたなら、さぞ喜んだだろうという様な、クリーム地にオレンジのモミジ、マーメードシルエットの切り返しで柄の変わる美しい演出でした。

テクニックも見事で、音楽に温かく熱いものが伝わって来て、共感を寄せながら聴き入っていました
こういう演奏の出来る先生の元で学ばれる生徒さん達は、さぞかし得るものが大きいであろうと思います。

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ツィメルマンのリサイタル

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昨夜は、サントリーホールに、クリスチャン・ツィメルマンを聴きに行って来ました。

シューベルトが亡くなる3ケ月前に作曲した、3つの偉大なソナタの内、2曲。
イ長調のD959と変ロ長調D960でした。

2曲とも超越的ながら、対照的とも言えるこの作品。

イ長調は、最後の生命の力を振り絞り、勇気を持って死に立ち向かうかのような力強さがあります。
2楽章では、一転、孤独なさすらい人の嘆きと叫びがあります。

変ロ長調のソナタは、深い情緒をたたえ、心を奪われる旋律の美しさは、一度耳にしたら忘れられぬ、最高傑作です。

この1楽章は、シューベルトが日記に残した、「愛を歌うと苦しみになり、苦しみを歌うと愛に変わる」ということば、そのもののように思います。

どちらも「天国的に長い」です。

ある評論家の説ですが、シューベルトの器楽曲がどこまでも長いのは、シューベルトにとっては、歌が・音楽が「終わらないこと」が大事なのであり、短命の運命に抗って、いつまでも続くことを願っていると読んだことがあります。

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ツィメルマンの、変ロ長調ソナタの演奏は、非常に、巧みに練れており、どこまでも自然に表現され、叙情的な歌い方は、まさに本領発揮といった感がありました。

殆どの聴衆は、この曲の演奏がお目当てだったはず!

玉虫色に微妙なあやを魅せ移り変わる転調は、どこまでも美しく、シューベルトの魂が乗り移ったかのようで、音楽にぴったり付いていくように、ハートを奪われ聴いていました。

ステージ横の、ピアノの音が立ち昇る席から、背中からの動きや、手の動きが良く観えました。

アンコールでは、シマノフスキの前奏曲を一曲。
良かった…この長大なソナタの後、即興曲や楽興の時などが来たら、せっかくの興が・・・

最後に、シューベルト自身の言葉を。
「音楽とは、みんな悲しいものだ。
楽しい音楽なんてあるだろうか。」

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いつまでもお元気でいらして頂きたい恩師

11月15日。
音大受験の時にお世話になった恩師、奥田先生の演奏会を聴きに参りました。
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関連記事「二人の恩師」(クリックすると過去記事に飛びます)

「黄金時代を回顧した日」(クリックすると飛びます)

※実際に、その後、長年レッスンを受けた師匠は、森原先生と仰いまして、私が昨年度、再度、別科にて武蔵野音大にお世話になった際にもご担当下さった別の恩師です。

その頃、奥田先生は、もうご退官され名誉教授におなりになっていらっしゃいましたが、土曜日に、お孫さんを大学の音楽教室にお連れになっていらしたので、学生ホールなどで、何度もお目にかかり、先生のお宅にも数回お邪魔させて頂きました。

20年近くもの間、器楽学科長という(有鍵楽器・管・弦・打楽器、全ての器楽の先生方を束ねられる長)重責を担われ、大学の附属音楽教室の主管もされていらっしゃいました。2年前には、叙勲もお受けになられました。

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ピアノ科が一学年500人在籍していた時代ですから、それは素晴らしい音大時代でした。
責任感のお強さ、深い愛校心、公平で面倒見の良い姉御肌気質をお持ちで、和の心を尊ぶ素晴らしいリーダーシップで多くの方々に慕われる奥田先生には、お声をかけて頂くだけで、深い安心感を得た私でした。

今年になってご無沙汰致しておりましたが、いつも11月に短いプログラムで、ソロの曲を発表されていらしたので、先日、おうかがいしてきたのです。
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プログラムは、日本の歌の連弾もありましたが、
ソロでは、ショパンのマズルカより、op33-4、op7-1、op7-2。
ワルツより、op69-1、op34-3。

男性的ですらあるマズルカの大胆な表現、パッションがお身体から溢れ出てくるような、生気に満ちた演奏でした。

会場のマイクが客席の補聴器に反応してしまうアクシデントがあったにもかかわらず、大変集中され、暗譜も演奏も一糸乱れぬ集中力で音楽に没入され、先生の本質的なお強さを感じました。

「(補聴器のお客様も)付けて、聴きたいと思われたのでしょうから。」という寛大なお優しいお心!

曲中、特にマズルカop33-4は、ショパンがサンドと出逢ったころに書かれ、印象的なテーマと充実した内容の、マズルカの代表的な作品の一つで、大変楽しみにしていました。

高校生の時に、地元の先生と、私の父と、同門の友達と一緒に、初めて先生のお宅にお伺いした日のことが懐かしく思い出されます。

そして入った、幼い頃から志望していた大学で、私にとっては最高の4年間が送れたわけです。

本当に感謝の念に堪えません。

私の大切な先生方、HPのプロフィールには実名で載せさせて頂いておりますが、ブログには、イニシャル等で記載させて頂いておりました。しかし、音楽の道を開いて下さった大事なルーツであり、この度は実名とさせて頂きました。

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ピアノのお習い事のメリットとは、

◆・◆・◆
情操教育と言われているピアノのお習い事には、
・脳の発達に良い(演奏=同時に幾つものことを処理し統合する能力。)
・心を豊かにする(情操。生き生きと心の深部まで満たす)
要は、左脳と右脳のバランスの良い発達を促す、大きな作用があります。
・判断力、忍耐力、継続力も培われることにより、様々な生活の局面を乗り越える力がつきます。

幼い内から、マンツーマンでのレッスンにより自然と身につく、
・マナー教育、 という側面。
 相手を思い遣る心から発し、お互いに心得て心地よく過ごすために必要なもの。
 成熟した品格は、教育と、自ら考える力によって培われるものです。

マズローのいうところの、自己実現の欲求の先にある、
・「真・善・美」に触れる、
   高次の欲求の充足もあります。
piano
                  ◆・◆・◆

先日、マリア・ジョアン・ピリスのピアノで、デュメイの指揮のベートーヴェンの協奏曲4番を聴いて来ました。
ピリスのピアノは、冒頭から語りかけるようにデリケートに表現され、生命の鼓動が脈打つような活気ある演奏に、客席も熱い感動に包まれていました。
ああいった演奏を聴くと、いかに普段意識に上っていない心の次元というのが深くあるのか思い知らされます。

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芸術の秋の到来

このところ、随分気温が下がりました。
衣替えや、今日などはコタツの準備までしてしまったほどです

秋は、気持ちが落ち着いて、読書や演奏会を聴きに行きたい気分に、自然となりますね

昨日は、ピアニスト藤井一興さんのリサイタルを聴きに、浜離宮朝日ホールへ行って来ました。
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「波をわたるジャポニズム」というタイトルが付けられ、氏ご自身がガレに源泉を得た作品や、ドビュッシーの中にあるジャポニズムが響きわたり、ラヴェルの「鏡」なども演奏され、芸術に浸る一夜となりました。
ジャポニズムを感じながらも、プログラム前半のラヴェルの作品からは、むせ返るようなフランスの香りも漂ってきました

左側バルコニー席からだったので、巧妙なペダルさばきが観えました。
見事なペダリングに注視してしまう中で、私は、ふと、恩師の美しい演奏姿といつ踏んでいるのかもよくわからないほどのペダルの妙技が思い出され、だぶって観えてしまうというのか、脳の中では常に未解決な問題を考え続けているものなのだなと思いました。

秋から冬にかけて、色々行きたい演奏会があります。
その時間は、芸術にどっぷり浸る面と、やはりどこかで演奏上のヒントを得たいと思ってしまう気持ちがあります。
素晴らしい演奏というのは、普段は意識していない心の深部に語りかけてくれる、大きな力を持っていて、過ぎ去りし時代の文化を追想したり、感情・感覚が共鳴を受けて、感動が呼び起こされるのかなと思いました。

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失敗は成功の基 

3月15日は、郡山での演奏会でした。
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聴きにいらして下さった方々、有難うございました。
後日にかけて、懐かしい方々との交流が持てて、温かなひとときでした。
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大学生の新人演奏会に、今年別科を修了したので一緒に出演させて頂きました。
予期していたことではありましたが、世代の違いは、良い悪いを抜きにして、演奏におけるスタンスが異なり、舞台裏での過ごし方などにも意識の隔たりが表れ、出番までの集中がいまひとつでしたのが、大変心残りではあります。
年代に限らず、個人の問題で、そういうことがきちんとしている学生さんは、演奏も良かったです。
自分の演奏が終わっても、舞台裏に残るなら(私ならその場から離れますが)、その後にまだ演奏を控えている演奏者への配慮を忘れてはいけません
集中には、静けさが一番の恩恵です。
楽屋が無いので、その辺りの工夫が必要と思います。
待つ間、周囲の状況が騒がしくとも、内面に入り込めるだけの集中力が持てるに越したことはなかったですが、今回はそれがむずかしく、残念です。

同窓会福島県支部の諸先輩方、会員の皆様にはお世話になりまして、御礼申し上げます。
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